ナンジーとぼく
【第一話】
「いや、だからさ。うちは困るって、西園寺くん。用があるなら出かけるからさ、待ち合わせしようよ」
東寺呉羽(とうじくれは)は、非常に困っていた。
大学の友人西園寺雅史(さいおんじまさし)が、呉羽の部屋に遊びに来たがっているのだ。
ただでさえ人見知り傾向にある呉羽に、友人とはいっても卒業間近になったこの二週間ほどで急に仲良くなったというか。
押しに負けて友人になったというか、まだそんな感じの間柄の人物を部屋には怖くて入れられない。
入れられない理由は他にもあるのだが、それ以前の問題だ。
西園寺は呉羽の言葉に不承ながらも家にくるのはいったんあきらめてくれたようだ。
電話の向こうでため息とともに了承する声が聞こえたが、その後の言葉に呉羽はさらに慌てた。
「え! いや、だからって西園寺くんの家はちょっと……。そうだ! 駅前の喫茶店にしようよ。ね? じゃあ、明日十一時に駅前のタムラで待ってるから!」
今度は自宅へ招くと言い出す西園寺に呉羽にしては珍しく強引に外で会う約束を一方的に取り付けて電話を急いで切った。
呉羽はふーっと深く息をつく。持っていたスマホに再度着信がないことを確認すると脇のベッドへとうつ伏せに倒れ込んだ。
「ほんと、部屋に来られたら困るっての、ねえナンジー?」
うつ伏せのまま横を向くとそこには抱きかかえるのにちょうどよい大きさの羊のぬいぐるみがある。
ふわふわの白い毛に顔と手足には短くなめらかな黒い毛。
ただし、そのつぶらな瞳は呉羽の視線に答えるように視線を合わせてコクコクと頷いた。
「うにょー」
「なー! ナンジー見られたら困るよねえ。かといってナンジーを隠すってのもイヤだし」
「うにゅっ」
呉羽の言葉に気の抜けた奇声を発しながら前足を上下に振りながら何度も頷くナンジー。
見た目はぬいぐるみだが、奇妙なことにこの羊、生命体であった。
羊なのに鳴き声が妙である。ナンジーと暮らしはじめた最初の頃はその聞き慣れない鳴き声に驚いていたものである。
「明日西園寺くんに会うことになっちゃったし、今日はもうお風呂に入って寝ようかな。ナンジーもたまにははいる?」
呉羽がそう言った途端にナンジーはベッドの上を壁際まで器用に後ずさった。
「うにゅにゅっ! にゅっ!」
呉羽の羽枕を盾にするかのようにしてふるえるように首を横に振るナンジーを見た呉羽は苦笑いをする。
「ごめん、冗談だよ。でも、歯だけは磨いてね、僕が電話してる間にクッキー食べたでしょ」
ナンジーはほっとしたような顔でうなづくと、洗面所へと向かった。
呉羽が着替えを準備して浴室へと続く洗面所に入るとナンジー用の踏み台に乗って前足の爪の間に歯ブラシを挟んでしゃこしゃこと磨いている。
「本当に器用だよねーナンジー」
褒められたと思ったのかナンジーは手(足?)を休めることなくこちらに向かって胸をはってみせた。
「ちゃんとしっかりゆすぐんだよ」
呉羽はそう言ってふわふわのナンジーの頭を軽く撫でてから、浴室へと向かった。
「あー、やっぱりお風呂はいいよねえ、癒されるー」
呉羽は湯船につかりながら、明日のことをぼんやりと考える。
(ああ、どうしよう。西園寺くんにうまく部屋へ来ることをあきらめさせることができる気がしない)
「なんだかんだ言って、彼ってやり手なんだよなー」
(頭よし、顔よし、スタイルよしでさらに西園寺の御曹司ってどこの主人公だよ)
「あ、でもちょっと人の話聞かなくて性格が強引なところが欠点といえば欠点かなあ」
「……って、僕にとっては何も解決策にならないよ! むしろひどい!」
「うにょっ?」
「あ、ごめんごめん。ナンジー気にしないで、すぐあがるから」
呉羽の悪い癖が出てナンジーを心配させたようだ。もともと多かった独り言が一人暮らしをするようになってからさらに増えてたらしい。
今は聞いてくれるナンジーがいるから昔より独り言は減ったともいえるのかな、と思いながらお風呂をあがった。
ー翌日。
結局何の対策も思いつかないまま約束の時間を迎えてしまった。
「お、おはよう。西園寺くん、待たせちゃって……そのごめん」
せめて彼よりは早く来て落ち着こうと思って十五分も前にきたってのに、西園寺くんはゆったりと奥の席でコーヒー片手にくつろいでいた。
手には折りたたんだ英字新聞がある。嫌味に見えないあたりとても彼らしい。
「おはよう、呉羽。別に気にする必要はないよ。僕が君に早く会いたかっただけだから」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ」
最近では西園寺くん独特の言い回しにも慣れてきた。最初の頃は何かを言われる度に顔が赤くなったものだ。
彼はこのあたりの昔からの地主さんの息子で彼自身も学生ながらビジネスを手広くやっているらしい。
呉羽はそのあたりのことに立ち入って聞いたことがないのですべて周りからの噂だ。
西園寺くんが別に不機嫌でなかったことに安心して向かいの席へ座ってカフェオレを注文する。ブラックはどうも苦手だ。
すぐに出てきたカフェオレに口をつけた後、向かいの西園寺くんを見る。
「それで、どうしたの? 西園寺くん何か話があるって……」
「ああ、それだ呉羽。やっぱり就職先を変える気はない?」
呉羽は、大学の一回生からバイトに通っていたとある中小企業の事務職に就職が決まっている。
呉羽の就職活動期間に馴染みになっていた事務員のお姉さんが寿退職することになったためそのまま卒業後雇ってもらえることになったのだ。
といっても呉羽がその会社に是が非でもはいりたかったとか、その会社が是非呉羽に! というわけでもなかった。
が、就職活動が面倒で将来の希望もなかった呉羽と積極的に人材を探す暇も時間もなかった社長の希望がちょうどよかっただけである。
まあ、そんな会社なので決して優良企業というわけでもない。
給料も安いし休みもないが、呉羽はまあいいか、とあっさり決定しただけである。
「うん、もう先方にも承諾してるし。今更変えられないよ」
決して優良企業だとは言わないけど四年間お世話になってきたし、事務の平坂さんも僕が後継いでくれてよかったーってこの間焼肉ご馳走になったんだよね、と呉羽は続けた。
「いや、それなんだけれどな、呉羽」
珍しく西園寺くんが言いよどんでいる。
「どうしたの?」
「いや。そうだな、無理は言えないな」
何かを迷ったそぶりを見せた西園寺くんだが、結局何かを納得したようだった。
「すまない、変なことを言って。でも、これだけは覚えておいてくれ。僕はいつでも君の力になりたいと思っている。困ったことがあったらいつでも相談してきてくれ」
「ア、アリガトウゴザイマス。よ、よろしくね」
真剣な表情に思わずこちらも改まってしまった。
「さ、せっかくの外出なんだし、今日はどこに行こうか?」
「え? 今のが用事じゃなかったの?」
ぼくの分の伝票までさっと持って行った西園寺くんに慌ててついていく。
レジ前まできたときはすでに支払った後だった。
「ちゃんと自分の分は払うよ!」
「いいよ、僕のために出てきてもらったんだし。今日は予定が他に入ってた? もし暇だったら付き合ってくれるかい?」
呉羽がコートのポケットから財布を出そうとするのを指先で止められ、代わりにお願いを言ってくる西園寺くん。
「うん。今日は何も予定はないよ。あまり遅くなるのは困るけど」
「じゃあ、美術館と僕の買い物に付き合ってくれないか。呉羽が行きたいところはどこかない?」
「ぼくも少し買い物したいかも」
西園寺くんが聞いてくれたので呉羽もしなければならない買い物を思い出す。
結局、自分に付き合ってくれてるんだからとお昼ご飯もごちそうになってその日は別れた。
ナンジーにランチをしたお店のクッキーのお土産も買えたし、夜気がつけば鼻歌を歌っていたらしい。
それもナンジーからパンチをもらってから気がついたんだけど。
そして、その良い気分は三日と続かず。
ぼくが就職するはずだった会社の倒産したことを平坂さんの電話で知った。
つづくよ。
2015/03/07 Y.Yanaka
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